Trip&Hug

旅のこと、日々のこと。

A World Alone

世界の状況は毎日どんどん変わっていく。

中東で起こっている戦争の余波がここNZにも到達している。

一番身近に感じている余波はガソリンだ。

毎日の出勤で車を使い、2週間に1度ほどの給油をしているのだが、随分と値段が上がってしまい、今後の生活が不安になる。

節約しないと、と思いながらも毎日の仕事や彼のビザの資料集めなど休みの日も休めていないこの頃の生活に疲れ、ちょっとしたドライブ旅行に出かけようと彼に提案した。

 

出かける当日、クライストチャーチ市内は霧に包まれ、まるでゲームのサイレントヒルのような雰囲気だった。

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ずっと霧の中で、これから私たちはサイレントヒルにむかうのか?と話しながらドライブしていた。

30分ほど過ぎるとクライストチャーチを抜け、隣の町へ。クライストチャーチを抜けるとともに、霧も晴れ、秋ではあるのだが夏日のような暖かさがあった。

目的地へはあと10分というところで目の前に山々が見えてきた。いつもと違う風景に心が躍る。

 

Sheffield(シェフィールド)に到着。

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小さな村であり、その先にあるキャッスルヒルの通り道になっている。

ここには有名なパイ屋さんがあって、村の名物だ。

駐車場に車をとめ、店の裏側から表の入り口に向かうとすでに良いパイの香りが漂ってくる。

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店に入るとパイの種類の多さにびっくりする。ニュージーランドのパン屋にいくとパイが多いことに驚くが、ここのパイは特に種類が多かった。

どれにするか悩みに悩んで、彼と私で一つずつパイを注文した。

私の注文したステーキチーズは店員さんのおすすめでもある。彼はブリスケットハラペーニョチーズというあまり見かけないパイを注文。

飲み物も頼み、待っているとどんどんお客さんが入ってくる。私たちは悩んだ末に2個のパイを注文したが、くる人来る人、手にたくさんのパイを持って帰っていく。ここに来たら、ローカルの人でもみんな欲しくなるんだなと見て思う。

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私たちが注文したパイは、中にそれぞれステーキのように大きな肉と、美味しいブリスケットが入っていて、1個で満足感があった。

帰りにスイーツのパイも欲しいねと話していたが、結局チョコチップのビスケットを買い、次の目的地へと進んだ。

 

朝のクライストチャーチとは違い、いい天気だったので近くの湖まで足を伸ばしてみることにした。

その湖は有名なテカポ、プカキとは違ってあまり情報がなく、そもそも辿り着けるのかも不安であった。

しかし、Googlemapに釣りをしに行った日本人の方が、レビューを残されていた。そこには、舗装された道を抜け砂利道をしばらく走るとその湖が見えてくると。日本人の先人に感謝したい。

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地図を頼りにそれらしき道に向かう、本当に10分くらい砂利道が続く。道の途中で牛を見ながら開けてきた景色は絶景だった。

静かでほとんど人もおらず、鳥の鳴き声が山々から聞こえてくる。

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"Lake Coleridge"

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湖に足をつけて、ボーーと過ごす。

スマホを見ると電波がない。

そこにいる数人だけの世界のようにも思えてくる。

どのくらいその場にいたのか覚えていないが、ただただ気持ちがよかった。

湖があるだけ、シンプルな場所であるのだが、それが良かった。

 

世の中がどんどん進んで、変わっていくのに、この湖はただそこにあって、時間も何も気にせずに、ただそこにいることを肯定してくれるような不思議な感覚にしてくれた。

ゆっくり、フラットホワイト

いつのまにか牛乳が苦手になった。飲むとお腹が痛くなる。

それに気づいたのはここ数年。

ニュージーランドに来た当初はカフェに行けば、毎回フラットホワイトを頼んでいて、ミルクのなめらかさとコーヒーの良い苦味がマッチして気持ちを満たしてくれていた。

 

しかし、程なくして飲むたびに満腹感というかお腹の膨張感を感じ、時にお腹を下す事があったので避けるようになった。

給食の時に飲んでいた牛乳は平気だったのになあ、と寂しさを感じる。

ソイミルクやオーツミルクに変えればカフェでフラットホワイトも飲めるのだが、それらのミルクは追加料金なので、結局、大体アメリカーノかロングブラックを頼む。

 

先日、ドライブの旅に出かけ、ブランチの時間帯にパイのお店に立ち寄った。

そこで久しぶりにフラットホワイトが飲みたいな、とふと思い、注文した。

2年ぶりのフラットホワイトである。

外の景色を見ながら、これから先のドライブのルートについて彼と話しながら、パイを味わいながら飲んだフラットホワイトは格別だった。

美味しくて、その後もお腹が痛くなることはなかった。

 

そして今日も。

珍しく早く起きられたので、近くのベーカリーで読書をしながらコーヒーを飲むことに決めた。イースターならではのホットクロスバンとフラットホワイトを頼み、席で待つ。

モーニングティーの時間が近いこともあって、お店はたくさんの人で賑わい始め、多くの人がコーヒーを持ち帰りしていく。

私は読み掛けていた星野源さんのエッセイを手元に、スパイスの効いたホットクロスバンと温かなフラットホワイトを口にする。

あぁ美味しい。いい朝だ、と思う。

 

思い返せば、ニュージーランドに来てからというもの、課題に追われ、ビザを心配し、バイトをして、と毎日が忙しなかった。常に焦っていて、ゆっくりと過ごせる時間はあっても心底ゆっくりを過ごせたか、と言われるとそんなこともない。

 

美味しい、好きなフラットホワイトでさえ、当時の私は急いで飲んでいたのではないか。

それでは私のお腹もびっくりしたことだろう。

 

今の私は余裕があるというわけではないのだが、以前に比べればゆっくりと過ごせている気がしている。

 

フラットホワイトはゆっくり飲むのがいいと感じた3年目の秋が始まった。

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秋は目から夏は耳から

秋は夕暮れ、と清少納言は枕草子で日本の季節の良さを記している。

NZはすでに秋の気配。散歩に出かけると木々が緑から赤に色づきはじめて、陽が落ちると気温がグンと下がる。秋が来たんだなと感じる。清少納言が言うようにカラスが巣に帰る様子は見れないが、ギースらしき鳥が騒がしく飛ぶ声が家の中からでも聞こえる。

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カレンダーを見れば、季節が変わるのだなと感じる事ができるが、こちらに来てからというもの植物や気温を通して季節を感じているように思う。というのも、NZと日本では季節が真逆なので、3月は春という私の中での常識は通用しない。周りの木々や気温から季節の変化を感じた方が確実である。それにその方が趣もある。

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NZの秋は木々の色が美しいと思う。散歩で出会う紅葉の木々も美しいし、車でドライブしているとたまたま見かける住宅街に植えられた木々たちの黄色やオレンジを見るのもとても楽しい。グラデーションに染まる木々を見る事ができるのは一瞬のように短いが見られたらラッキーだし、秋を感じられたと思える。

 

日本のようにNZでは虫の鳴き声を私の経験では聞いたことがない。コオロギなどは生息しているそうだが。昼間にセミが鳴くのはよく聞き、鳴き声をたどると羽が透明なセミが一生懸命鳴いている。

このブログを書くにあたり、セミについて調べてみた。こちらのセミはコーラスゼミと呼ばれるそうだ。何匹ものセミが一体となって鳴いている様がコーラスゼミと言われる由来だ。日本のアブラゼミ、ミンミンゼミとは違うなんだか素敵な名前である。

このコーラスゼミの鳴き声を聞くと、ああ夏なんだなと思う。

ここ最近は紅葉と共にセミの鳴き声も聞こえて、夏の終わりと秋の始まりを同時に感じている。

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清少納言は日本の秋の夕暮れの良さ、を記しているが、人によって何がその季節でよいのかというのは違うだろう。

私がNZで暮らして思うのは、夏は耳から感じるコーラスゼミの声がいいと思うし、秋は目から入る木々の色が素敵だと思う。

こうやって季節の良さを感じられるのはいいことだなと年齢を重ねて感じるようになってきた。

書く、届ける、幸せ

私は毎月誰かにポストカードを出すことにしている。この習慣は私が東京に住んでいた頃から変わらない。当時は実家に住む祖母に宛ててポストカードを出していて、それは現在も進行形である。

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ニュージーランドにきてからは、出す相手が増えた。元同僚や地元の友だちなど。LINEやソーシャルメディアが主流の時代に古典的なコミュニケーションの伝達方法でやりとりを継続できることが嬉しい。それを続けてくれる友だちにも感謝である。

 

日本にいるときには、美術館や観光地に行った際にポストカードを買うことが多かった。こちらでも同様にその土地のポストカードを見つけると買ってしまう。人に出すために買っているのに、旅させるのが惜しいなんて思ってしまう愛着のあるポストカードもあったりする。

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ポストカードや手紙を書いていて気づくことがある。それは、生活の中で自分の考えや出来事を書いて記すという工程が私の日々の生活の中では抜けているなと。日記などを書いていれば違うのかもしれないが、3日坊主な私なのでやろうと思っても続かないだろう。そういう意味では、月に1回友だちや家族に自分の近況を何かに記すという工程は私の中で日々の生活を振り返る良い機会なのかもしれないと思った。

手元には残らないので、書いた後の振り返りはないが、書くことに意味があるということにしよう。

 

クリスマスの時期にある利用者にクリスマスカードとして、ポストカードを送った(といっても手渡しであるが)。

彼女は本が好きでよく私に本の良さなどを話してくれていた。何か本にちなんだポストカードを送りたいと思い、日本語版で読んだことのある”はらぺこあおむし”のポストカードを買い、彼女に渡した。どんな反応をされるのか緊張したので、私が退出してから…と伝えようとした時にはすでに封筒を開け、取り出しているところだった。

”The Very Hungry Catapillar!”と嬉しそうに私の顔を見て、この本好きだよといってくれた。その日は1日彼女のベットテーブルにそのポストカードは置かれていて、部屋を通り過ぎるたび嬉しくなった。

 

私は手紙やポストカードを送るのが好きだ。

それは自分が受け取った時に私をニヤッとさせてくれるのと同じように誰かをニヤッとさせられているのではないかという期待があるから。友人や家族が、受け取った時に少しでもその一瞬でも幸せな気持ちになってくれていたらいいなと思いながら今月もポストカードを書こう。

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Finding the Holy Spirit (alc)

私はニュージーランドクライストチャーチという街に住んでいる。

クライストチャーチニュージーランドの中では3番目に大きな都市と言われているが、3番目に大きな都市とは言っても、あまり人が多くなく、程よく栄えているのが心地よい。

シティの真ん中に滞在していたとしても、バスや徒歩でどこにでも行ける便利さがある。

昨年まではシティより郊外に住んでいたが何も不便しなかった。現在はシティの中心部に住み始め、さらに便利さが増している。

 

先日、ゆっくりと休日にパブでランチをしてきた。

 

のんびりした朝を過ごし、徒歩でパブに向かう。そこは古い教会を改築したパブで、お昼時にはランチメニューもやっているのだ。

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ランチメニューのピザとフィッシュ&チップスを頼み、ビールを飲む。

教会の雰囲気も感じつつ、美味しいビールをいただくというちょっとしたも感じながらこういう休日いいなと感じていた。

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テーブルに置いてあった今週のGig(ちょっとしたコンサートのような?)を見ながら、いつか夜にも来てみたいねと彼と話す。夜になればパブはまた違った顔を見せるのではないかと思う。

 

食事も終わり、酔いを覚ましながらシティの中を歩く。

1月下旬から2月初旬までクライストチャーチではWorld Buskers Festivalという大道芸やパフォーマンスのイベントがシティの至る所で行われる。散歩をしていると拍手と歓声が聞こえる。広場の近くの木陰でどこに行こうか、と話をしていると、「こんにちは」「ありがとう」と日本語で呼び込む声が聞こえる。様子を見ていると、次にパフォーマンスするグループは日本から来ているようだった。近づいてショーをみる。気づくと辺りにはティーンネイジャー、子ども、観光客など沢山の人が集まってきている。所々でマオリ語を取り入れたり、キウィの人形が出てきたりとニュージーランドならではというものも含まれていてその場の多くの人が楽しんでいた。

あの時間に歩いていて、日本人のパフォーマンスの見ることができたのはなんとも良い偶然である。

普段は家でのんびりすることも多いのだが、外に出てみるとこんなことがあるから無計画な散歩はやめられない。