Trip&Hug

旅のこと、日々のこと。

〈あの絵〉のまえで

掃除の仕事で伺った部屋にKlimtのThe Kissという作品が飾られていた。私はKlimtも好きで、特にThe Kissは一番好きな絵だった。そのお部屋に住むオーナーからは、絵の飾られている部屋には入らないで、と言われていたので、"その絵好きなんです"と言っていいものかどうか、躊躇していた。

しかし、訪問回数が増えていくうちに会話も増え、と言っても私が勝手に話しているのだが‥これは言ってもいいのかもしれないというタイミングが見えてきた。

ある日、尋ねてみた。"あの絵、KlimtのThe Kissですよね、私好きなんです"と。すると、オーナーの彼女の表情はぱあっと明るくなった。日本にいたときに、Klimtのエキシビションを見に行ったこと、他にも好きなアーティストがいることを伝えると、彼女はKlimtの色合いが好きなこと、イングランド出身の風景画家が好きなことを教えてくれた。

彼女から「日本ではいつKlimtのエキシビジョンに行ったの?」と聞かれ、なぜそんなことを聞くのだろう?と不思議に思った。私は友人と週末に見に行ったと記憶していたのでそれを伝えると、彼女はKlimtのエキシビジョンを見るためにオーストラリアに行ったそうだ。

そうだ、ここはニュージーランドであった。

日本、特に東京に住んでいた時にはエキシビジョンもアーティストのライブも身近で行こうと思えば行くことができた。しかし、ここは違う。大物アーティストのワールドツアーもこの国には来なかったり、エキシビションもオーストラリアに見に行かないと見れないのだ。

東京に住んでいると麻痺してしまう感覚に気づいた時であった。

 

家に帰り、フラットに住むオーナーさんに出来事を話すと、共感してくれた。

また、原田マハさんの本"〈あの絵〉のまえで"を教えてもらった。この本は短編集で、6つの絵に関するストーリーが描かれており、どれもみな私の心に響くものがあった。何より、原田さんはその絵を愛しているのだな、と感じた。

この本に出てくる絵はどれも日本に貯蔵されている絵たち。直島にある地中美術館のモネのみ見たことはあったが、他の作品は見たことがなかった。帰国の際には、どれか一つでも行って、見てみたい、と思った。

絵にはストーリーがあると思う。作者がどのような環境で、思いで描いたというストーリー。そして、見る側がどのような思いで見る、共有する、その絵についての出来事というストーリー。KlimtのThe Kissはあの部屋に住む彼女との会話、原田マハさんの〈あの絵〉のまえでを知るきっかけを作ってくれた絵となった。

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後日談

来週から実習が始まるため、今日でKlimtのお部屋のオーナーの掃除は終わり、別の人へと引き継ぐことになった。話ができて嬉しかったのと、お会いできた感謝を込めてカードを書いてお渡しした。そのカードにはKlimtモチーフの猫が描かれており、私のお気に入りの一つだった。

"下手な英語で恥ずかしいけどよかったら読んでください"と渡すと、"あなたの英語は素晴らしいよ、これKlimtね"、"また会いましょう"と嬉しそうに貰ってくださった。

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↑こちらはそのモチーフのスティッカー。

色合いも美しさも再現されていて、とてもかわいい。