メキシコ行きが決まった時に、少しでもスペイン語を学んでおこうと無料の語学学習アプリを入れた。
しかし、聞き馴染みのない言語というのは、なかなか馴染んでいかないもので1ヶ月経っても覚えることができなかった。しばらく学習して、スランプに陥り、いつの間にかiPhoneの片隅にそのアプリは消えていった。
そして、今、メキシコに1人いる。
こちらに到着してからチョコラテという飲み物にハマっている。
特にオアハカ州はチョコラテが美味しいというのを情報誌で見て、試さねばと思っていたのだ。
チョコラテを飲むことがオアハカでの優先事項となった。
そして、チョコラテ屋さんへ。
「オラ!チョコラテ!ポルファボール!」
これで通じるだろう!自信満々に伝えたものの、いくつか質問される。
全く何を言われているのか分からない。私は聞いた内容で聞き取れた単語を繰り返すことしかできなかった。
親切にこの復唱を理解してくれた。
注文を終え、店内の椅子で座って待つ。カカオの香りが絶え間なく流れている店内。
店員の女性は、手で私のチョコラテを棒のようなものを使って、押し潰している。
この押し潰しているという表現がとても合っている。
そして3分ほど待つと、目の前にアワアワのチョコラテのホットが登場した。
一見ココアのようだが、飲んでみると濃厚なチョコレート。
アワアワが甘さをマイルドにしてくれてとても美味しい。
美味しさに幸せを噛み締めていると、隣に大きなトルティーヤを大量に持ったおじさんが座った。
彼の手にはアイスのチョコラテがあった。
あら、冷たいチョコラテもあるのね。
確かに、この暑さならアイスがいいよね…と目の前のホットのチョコラテを飲んだ。
次はアイスのチョコラテを飲む!とおじさんを見ながら決意すると、おじさんと目が合い、笑顔をくれた。
まるで、次はアイスのチョコラテを飲むといいよ、と言うように。
早速、ホテルに帰って、冷たいという単語を調べる。
「フリオ」だ!「フリオ」‼︎
次の日に朝一番に、また別のチョコラテ屋さんへ向かう。
ポルファボールもディスクルペもアグアも、何もかもスペイン語は覚えられなかったのに、私は今「フリオ」を覚えている。
片桐はいりさんのエッセイ"わたしのマトカ"の中に
「人は、まず自分に必要な言葉から覚える」
とあった。その通りである。
私にとって必要な言葉は「フリオ」
それだったのだ。
チョコラテのお店で「チョコラテ!フリオ!ポルファボール!」と伝えると、冷たいチョコラテが出てきた。
完璧である。
店内の椅子で忙しない朝の道を見ながら、アワアワの濃厚なチョコラテを飲む。
幸せが広がる。
前の道路を走るトラックの運転手の若者と目が合う。
笑顔を私に向けて、手を振りトラックは出発した。
まるで、「冷たいチョコラテ、飲めてよかったね」というように。